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Gathering Waters #01 雨を受けとめる庭

FROM FOREST Gathering Waters

店舗のすぐ隣にある、私たちのちいさな森。これまで駐車場や庭としての役割を担ってきましたが、雨を受けとめる庭として、少しずつ生まれ変わる予定です。
庭を手がけてくださる来島さんとともに、庭の持つ力や、自然へのまなざしを交えながら、全6回にわたって、お庭の変化とともにお伝えしていきます。


水がめぐり、庭が呼吸する

雨の日の朝、地面に落ちたしずくが、静かに大地に吸い込まれていくのを見ていると、
この世界そのものが呼吸しているように感じます。
音も立てず、ただ土の奥へとしみこんでいく水。その瞬間、庭という場所がひとつの生命体のように見えはじめます。

水は、ただ上から下に流れていくだけのものではありません。本来は大地に受けとめられ、土の中をめぐり、空気をうるおし、植物を育みながら、再び空へと還っていくもの。水の循環こそが、庭の呼吸であり、いのちのしくみそのものなのです。

昔の日本の家屋に見られた庭は、いまのように“見せるため”のものではありませんでした。
雨を受け、風を通し、光をいなしながら、土と樹木、そしてそこに生きるいのちが一体となって呼吸していたのです。

地表の下では、微生物や虫たちが行き交い、生きもの同士の静かな対話が絶えず続いています。土の中が健やかであるからこそ、地上の木々は生命力にあふれ、夏には枝葉が陰をつくり、冬には葉を落として光を招き入れる。その理(ことわり)が、建物と人の暮らしをそっと支えてきたのです。

見えないところに宿る美

室町や江戸の町家、武家屋敷では、雨樋(あまどい)で受けた水を、庭の片隅に掘られた“雨落ち(あまおち)”や“落ち溜まり”に導くのが一般的でした。その“雨落ち”には、玉砂利や石畳、苔、湿り気を好むシダやツワブキなどが植えられ、雨音を愉しみ、土が吸う音までを味わう空間だったのです。

日本の庭は、視覚の美しさだけで成り立っていません。
見えない部分―土の中で交わされる水や空気の呼吸―が、全体のうつくしさを支えているのです。つまり、雨水は「排除すべきもの」ではなく、庭のいのちの一部であり、風雅の源でした。「雨庭(あめにわ)」の原型が、すでに暮らしの中にありました。


排水は一通。還水は循環

人が水をコントロールしようとすると「排水」、つまりただ流して終わります。
けれど「還水」は、土に染み込み、空へ還り、ふたたび雨となってめぐるしくみです。
庭の本来の役割は、まさにこの循環を静かに形にすることにありました。


自然を畏れ、ともに生きる知恵

昔の人々は、「防災」という言葉を持たなくても、地形をよみ、水や風の流れを感じとりながら暮らしていました。長い時間の中で培われた感覚だったのでしょう。
自然を必要以上に怖がらず、正しく畏れる―。
ここでいう「畏れ」とは、自然の大きさや尊さを感じ、その前で慎ましくあること。つまり、ともにあることを受け入れる暮らしの知恵だったのです。

これは懐かしい昔話ではありません。私たちが、いっとき忘れてしまっているだけの感覚です。パドゥドゥのお庭づくりは、まさにその小さな実践です。
限られた空間に降る雨が、やわらかく土にしみ込み、空気を浄化しながら再び空へと還っていく。その過程で起こる小さくても確かな現象を、これから目に留めたいと思います。それは、誰の暮らしの中にも宿りうる自然からのおくりもの。ほんのわずかな植え込みや鉢ひとつでも、受けとめる心さえあれば、その場所はすでに小さな庭になるのです。

パドゥドゥのお菓子を口にしたとき、私はその“生きた水”を思い出します。
清らかで躍動感のある湧き水をいただくように、滞りなく体にしみわたっていく。 無垢な甘さや香りはすっと透明になり、余韻となる。 洋菓子と庭、一見無縁のように見えますが、 自然の恵みをまっすぐ受けとめ、素材の声を聴きながら形にしていく。 
“水を受けとめ、めぐらせる”という点で、実は同じ思想が流れていると思えてなりません。

落ち葉の下に息づく虫たち、季節ごとに表情を変える草木。ふと足元に目をやると、そこにも小さな循環が息づいています。“雨を受けとめる庭”とは、遠いどこかの特別なものではなく、私たちの暮らしそのものの中にすでにあるのです。

雨が降るたびに、新しい世界がはじまります。
何度でも繰り返されてきたその呼吸の環の中に、私たちもしずかに立っているのです。

 

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来島由美

うるおいの森 主宰。  
『土中環境』の髙田宏臣氏に師事。  
伝統的な造園技術を受け継ぎながら、現代の環境課題に応える  苗木の成長プロセスを活かした森づくりを学ぶ。庭園や個人邸から、山林・斜面崩壊現場、都市緑地まで、多様な現場で土地本来の力を引き出す活動を続けている。

地元・さいたまでは、武蔵一宮氷川神社  「鎮守の杜100年プロジェクト」に携わり、  森とまち、人と大地の関係をむすびなおす試みに取り組む。

「小さな森は、庭からでも、一鉢からでもはじめられる」。  その思想のもと、都市の暮らしに寄り添いながら、静かに息づく緑の循環を育てている。

信濃町森林メディカルトレーナー第16期修了。  
リース講師。

 

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